■第2回/判断基準が全く違う!!

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    「末日聖徒イエス・キリスト(モルモン)教会」の本部役員や、アメリカを中心とする指導者が持ち歩くものは、「四大聖典(モルモン書・旧新約聖書・教義と聖約・高価なる真珠)だが、指導者として背負うものは「家族」を除けば「信仰箇条」である。

      

    信仰箇条とは「基本的な信条を13の声明に要約したもの」で、教会の中核柱であり最優先される憲法のようなものである。

     

    https://www.mormon.org/jpn/%E4%BF%A1%E4%BB%B0%E7%AE%87%E6%9D%A1

     

    ソルトレイクに本部を置くアメリカの教会の指導者達は、まずこの13か条を信仰生活の基礎に置いて生活し、思考し、行動し、霊感を受ける。

      

    そのための重要ポイントの一つが、「徳高いこと、好ましいこと、あるいは誉あることや称賛に値することがあれば、わたしたちはこれらのことを尋ね求めるものである」だ!!

     

    アメリカを中心とする日本以外の末日聖徒の教会指導者達は、この点に重きを置いている。

      

    教会外の素晴らしい発見や、人物がいれば、自ら進んでそれを尋ね求めるよう示されているからだ。この能動的発想と行動力が末日聖徒の特徴であり本分である。

     

    信仰とは、内側の形成を外へ応用させ、開放することから樹立できるもので、内に閉じ込めるばかりで、外向きに応用せず、外からも学ばない姿勢からは本物の信仰生活は育たない…

      

    信仰は苦行でも修行でもなく、決まり事を繰り返す事に傾倒しすぎると、たちまち決まり事しか出来ない律法学者に転落するという事を知っているからだ…

     

    だからアメリカや世界の教会指導者は、ワールドな「グローバルルール」から「禁止された事以外はやってよく、自己判断で自由に試みなさい」と教える‼

     

     

    一方、日本人の末日聖徒の教会指導者達の大半は、一部の例外を除いて、教会の「組織マニュアル」を最重要とし、特に「指導者マニュアル」を信仰生活の判断基準とし、それを最大の「憲法」に祭り上げている。

      

    マニュアルを基盤に置く信仰生活に重きを置き、狭いマニュアルの範囲で決定し、それをメンバーに教え、日本中で徹底的するよう邁進する。

     

    結果として、狭いマニュアル以外の物事を排除、あるいは規制(否定する場合がほとんど)し、マニュアルで判断できないことがあれば、中央管理本部(PBO)に連絡を入れ、新たなマニュアル的判断を仰ぐ。

     

    柔道の基本練習だけのマニュアル重点主義から、柔道の縦横無尽の応用力は生まれない。基本だけの指導者に育てられた柔道選手は、世界選手権やオリンピックに送り出されたら、千変万化な外国勢に太刀打ちできないだろう。

     

    だからマニュアルにない事態が起きた場合、不安になり、上司に伺ってさらなる保証が欲しくなる。これを「官僚主義」といい、霞が関の官僚と同じである。

     

    日本の教会を例にすれば、限られたマニュアルに無い事をやろうとした場合、日本人の教会指導者の許可が必要となる。

     

    そのため、結果として彼らの「許認可権」が異常に増大し、それが日本中の教会組織に拡大する中、官僚主義ネットワークが絶大な力を有するようになる。これも霞が関の官僚構造と同じだ。

     

    決められた言葉や行動が求められる儀式においては、それなりに有効だろうが、旧約聖書的判断しかできなくなり、応用に長けた新約聖書的な人々が出てくると、指導や面接を通して「マニュアル(組織の手引きや指導者手引き)にない事をしてはならない‼」と圧力を加えるようになる。 

      

    だから殆どの日本の教会指導者は、グローバルルールと違う「許可された事以外はやってはならない‼」と教える‼

     

    これは本来の末日聖徒の姿ではなく、アメリカや世界の教会指導者と真逆である‼

     

    どちらが正しいかは火を見るより明らかで、そもそも「マニュアル人間」というのは、社会的に「半人前」の象徴で、尊敬されない軽蔑語である。

      

    マニュアルは基本に過ぎず、そこから外に向かって応用すべきところを、マニュアルに封じ込める信仰は本末転倒の極みである‼

    マニュアルが人を支配すると主従が逆転する。血の通わないマニュアルが人間を支配するのだ‼

     

    官僚主義者がマイナス因子なのは、それに手を貸すからである。

     

    これを聖書時代に置き換えるとわかりやすい。

      「マニュアル=基本=律法」で、律法学者になり…応用する信者に対し、「同調圧力」を掛けて抑え込もうと画策する。これを「老害(若くても老害患者は多数いる)圧力」と名付けることにする。

     

    最後にもう一度報告をまとめると、「グローバルルール=信仰箇条=外向きの開放」vs「ローカルルール=マニュアル=内向きの封鎖」となり、日本人の教会指導者(その影響下にある者も)の多数は、残念ながら「官僚主義」に陥った後者と言わざるを得ない。

     

    ※以前の教会の日曜学校等の教科書は「学習ガイド」と言ったが、今は「手引き」と名を変えたため、「マニュアル」と混同しやすく、名称だけで区別が難しくなった。

     

      

     

    「日本の(教会の)老害圧力」サイト↓

     

     

     

     

     

     

     



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