■第13回/知恵を嫌う末日聖徒イエス・キリスト教会の日本人教会指導者達!!<前編>

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    <前編>

     

      

    「官僚主義者」とは、組織の規則である「マニュアル(手引き)」以外を全て拒否する連中を指す名称である!!

     

    日頃は、自分の車の運転でも道路標識の「60キロ」を少し超えたスピードでも平気だが、いざ教会が絡む集会やイヴェントとなると、突然豹変し、マニュアル片手に、手引に記載されていないことは全て拒否して却下する!!

     

    それが官僚主義者であり、イエス・キリストの時代なら、律法以外を全て異端・悪とした「律法学者」そのものである!!

     

    日本の末日聖徒イエス・キリスト教会(俗称:モルモン教会)のメンバーの殆どは誤解しているが、律法学者の多くは家に帰れば家族と過ごし、自分の子供を大事に育てた人々だ。

     

    神殿にも行き、燔祭の生贄の動物を捧げ、シナゴーグにも行き、人々から教義や悩みの相談にも答える普通の人々だった。

     

    ヒトラー政権下の「ナチス党員」でさえ、親衛隊でも突撃隊でも、その殆どが「クリスチャン」であり、家に帰れば誠実な夫であり妻であり、子供を大切にして、「クリスマス」には家族と一緒に過ごして祈りも欠かせなかった。

     

    そもそも規則というのは基礎を成す最低基準で、人体に例えれば基本となる「骨」の部分を指す。

     

    当然、骨だけでは人体が構成できない為、心臓、肺臓、腎臓など多くの内臓や、眼球、鼓膜、三半規管、神経、血管、筋肉などの「肉」の部分、その延長にある毛髪や角膜などが無いと、それこそ骨だけの死骸も同然の体になる。

     

    生きながら死んでいる教会員とは、ある意味「脳」まで骨化した人々かもしれず、全てではないと断った上で、生きた人間相手は苦手あるいは出来ないが、死人ならできる(系図作業・死者の儀式)特徴がある。

    それでも何もしないより遥かにましといえるのだが……。

     

    官僚主義者というのは、人体を自分と同じ骨のようにする事で、その汚染に全てを投げうって邁進する。

    手引きの「マニュアル」の徹底の事である。

     

    この連中も安息日には毎週教会へ行き、家族を大事にし、神殿に入って儀式をしているので、おそらく自分は天国に行けるだろうと思い込んでいる……が、やっていることは「天上の大会議(天上の大戦争)」の席で「自分を支持すれば失敗のない人生を約束する!!」と叫んだルシフェルと全く同じことをやっている!!

     

    「失敗しない・させない」唯一の方法は、手引き(知識)だけに従うことで、知識を無暗に応用すれば失敗するかもしれないので、マニュアル以外一切しないし、させない行動を平然ととるようになる。

     

    そしてこの輩のキャッチは、決まって「我がシオンは何事もなく全てよし!!」となり、教会と教会員は疲弊しても「我が支配体制サンヘドリンは何事もなく全てよし!!」と言っている。

     

    官僚主義者は一度権力を掌握するや「管理」を踏みつけ、「サンヘドリン(宗教支配組織)」を持続する為の「監視」に血道をあげ、一点一画も崩さないよう全員一致で協力体制を敷く。

     

    そしてマニュアルという「知識」だけを振りかざし、時には「聖典」の一部を都合よく拡大解釈し、自分たちに疑問を抱くメンバーを屈服させ、「知恵」を働かせるメンバーの根をくじかせ、それでも逆らえば徒党を組んで襲い掛かる。

     

     

    この連中を「老害」といい、多くは「知識」だけの妄信者で、様々に応用した「知恵」を最も嫌い、応用力を排除するのに全エネルギーを集中する!!

     

    このことでは連中のカバンの中にあるはずの『モルモン書』の一節をも完全に無視する……自分のことと全く思っていないからだ。

     

      

    「主は何と長い間、民の為に耐えてこられたことか。人の子らは何と理解力がなく鈍感な事か。

     

    人の子らは知恵を求めようとせず、また知恵に支配されることを望まない。」(『モルモン書』「モーサヤ書」第8章20節)

     

     

    彼らの殆どは「」と似た「毒麦」であり、毒麦は麦畑の中に一旦入り込むと、地下で根を伸ばして多くの麦の根に絡みつき、畑の土にある麦の養分を奪いつくしてどんどん成長する。

     

    その為、畑が完全に成長するまで迂闊に抜くことが出来ない……これが今の日本の末日聖徒イエス・キリスト教会の現状で、「老害グループ」がメンバーを「人質」に自分たちの権力維持をつづけている。

     

     

    「イエスは、別のたとえを持ち出して言われた。

    『天の国は次のようにたとえられる。ある人が良い種を畑に蒔いた。人々が眠っている間に、敵が来て、麦の中に毒麦を蒔いて行った。

     

    芽が出て、実ってみると、毒麦も現れた。僕たちが主人のところに来て言った。‶だんなさま、畑には良い種をお蒔きになったではありませんか。どこから毒麦が入ったのでしょう。”

      

    主人は、‶敵の仕業だ瓩噺世辰拭

     

    そこで、僕たちが、‶では、行って抜き集めておきましょうか瓩噺世Δ函⊆膺佑聾世辰拭爐い筺毒麦を集めるとき、麦まで一緒に抜くかもしれない。刈り入れまで、両方とも育つままにしておきなさい。

     

    刈り入れの時、まず毒麦を集め、焼くために束にし、麦の方は集めて倉に入れなさい瓩函刈り取る者に言いつけよう。』」(『新約聖書』「マタイによる福音書」第13章24〜30節)

     

      

    前にも記したが、「日の栄光」の門を潜る際、自ら門番をする主イエス・キリストは、その者に対し「妻(妻たち)を大切にしたか?」「子供たちを大切にしたか?」そして「私が与えた才能(タレント)を(救いに)使ったか?」と聞いてくる。

     

    この「優先順位3位」が「日の栄光」に入れる絶対条件の為、マニュアル(律法)最優先で多くのメンバーのタレントを失わせ、応用も許さなかった日本人の教会指導者<大祭司や地域七十人などの老害、PBOに根を張る官僚主義者、ステーク会長会や監督会などの体制維持者、高等評議員などの盲従者>は、勿論、柔軟な者もいるので全員ではないが、多くの者はこの段階で「日の栄光」に拒絶される可能性(彼らには危険性ともいえる)が極めて高いと思われる。

     

    個人的見解と先に断っておくが、教会員の場合、最初の段階の神による識別(選別)は、死後スグに行われる可能性がある……神自ら光の存在として霊に近づき、あの質問をするからで、この段階で弾かれる霊は弾かれる。

     

    「老害」とその「協力者」たちが許す許容範囲とは、せいぜい日常生活的才能(美容師・塾教師・営業マン・農業従事者・パン職人・サラリーマン・他)で、別に官僚主義者らが認めようと認めまいと最初からメンバーがやっている技能であり、そういう基本的技能ではない前例にない分野の才能に関し爆発的に増える膨大な現在の才能に極めて懐疑的な方針が貫かれる。

     

    教会の手引き・マニュアルにないからだが、そもそも才能を「許認可権」で監視する項目などソルトレイクに存在しない。

      

     

     

     

    <後編へ続く>

     

     

     

     

    「日本の(教会の)老害圧力」サイト↓

    http://lds-2.jugem.jp/

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     



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