■第11回/官僚主義者は「日の栄光」に入れない!!

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    日本の「末日聖徒イエス・キリスト教会(モルモン教会)」は、外観、組織、儀式等は、ソルトレイクが指導する末日聖徒の教会と同じだが、中身は全く別物になっている。

     

    一部の例外を除き、ほとんどの日本の末日聖徒の教会は、「老害」と呼ぶ「律法学者(官僚主義者)」が集団として牛耳っており、巨大ネットワークの「サンヘドリン」を組織しながら、メンバーを下僕、あるいは「人質」に取った状態にある。

     

    どういうことかを説明しよう。

     

    現在の「律法」は、組織や指導者用の「手引き」「マニュアル」のことである。

     

    本来なら「聖典」「信仰箇条」が教会の「憲法」であるはずが、日本の教会では組織維持の「手引き」「マニュアル」が聖典より上で、殆どの日本人教会指導者は、全てを「手引き」「マニュアル」で決定する。

     

    イエス・キリストの時代、律法に記されてない事を全て「異端」とする律法学者が大勢いたが、それと同じく、官僚主義者にとって「手引き」「マニュアル」に記されていないものは全て排除対象となる。

     

    それを守らせるには「管理」ではなく、「監視」が必要不可欠で、日本中の教会を「老害ネットワーク」で監視しながら、「手引き」「マニュアル」に無い勝手な行動をさせないよう、老害グループの「既得権益」と「許認可権」を最大限悪用して、ソルトレイク的発想の全てを「国民性」の拡大解釈で徹底排除する。

     

    老害は、時代と共に変わる可能性がある組織の「手引き」「マニュアル」を、永久不変の原則の「聖典」より上に置きながら、形骸化した「お経(祈り)」を唱えて、自分たちの特権と権威に感謝を述べている。

     

    官僚主義の基本だが、官僚主義者が組織で「成功(出世)」するには「失敗」しないことが求められる。

     

    2018年1月1日、私事で申し訳ないが、飛鳥昭雄は「飛鳥堂株式会社」を設立し、自分で出版社を持ち、インターネットTV、ラジオ等を発信できる体制も整った。

     

    これでマスメディアに本格歳入することになるが、懇意にしている牛久ワードの姉妹から寄せられたmailは、「失敗しないでね」だった……

     

    失敗を人生の「恥」「悪」「罪」と考え、否定するのは牛久ワードだけではない、これが日本中の末日聖徒の実態である。

     

    ふつう人生や社会で「成功」するには「失敗」が当たり前で、失敗は避けることが出来ないもので、その意味で「失敗は成功の母」と呼ばれる。

     

     

    しかし、官僚主義者はこの「失敗」が致命的で、「失敗しない」ことが最重要となる為、権力を得て「成功」するには、「何もしない」ことが生活術になる。

     

    勿論、一般メンバーに対しては、「外に向けて何もさせない」よう徹底させる。下手に自由に活動させて成功でもされたら大変で、自分の「立場」「権威」「面子」が無くなってしまう。

     

    要は、官僚主義者として自分が「傷物」にならないことが最大の栄誉となる為、自分にとって都合の悪い「情報」「証拠」は徹底的に隠滅する!!

     

    だから老害は「手引き」「マニュアル」に閉じ籠り、仮にそれで失敗しても「手引き」通りだったので仲間内で免責され、最悪でも手引きの不備として「責任転嫁」できる。

     

    結果、官僚主義者は「手引き」「マニュアル」だけを実行し、基本以外は何もしないので失敗も無く、そういう失敗や傷のない人間が、日本の末日聖徒の教会で尊敬され、権威と地位が上がる仕組みになっている。

     

    当然、老害同志で互いに地位を上げあうので、日本中の教会指導者は、一部の例外を除いて官僚主義者だけになる。

     

    本来、人生や社会における成功とは、基本である「知識」を応用せねば成し得ないもので、それに欠かせないものが「知恵」である。

     

    聖書学的に言えば、「知識」は食べたら死ぬ禁断の「死の木」の実で、「知恵」は、基本である知識を応用した知恵者が得る「命の木」の実を象徴する。

     

    つまり、基本(知識)だけの「律法学者」「マニュアル主義者」は、永久に知恵に到達しない為、「日の栄光」に迎え入れられることはない。

     

    イエス・キリストは「モーセの律法」しか守らない律法学者に対し、厳しい言葉で評価している。

     

     

    「そのときイエスは、群衆と弟子たちとに語って言われた、『律法学者とパリサイ人とは、モーセの座にすわっている。だから、彼らがあなたがたに言うことは、みな守って実行しなさい。

     

    しかし、彼らのすることには、ならうな。彼らは言うだけで、実行しないから。』」(「マタイによる福音書」第23章1〜3節

     

     

    日本人教会指導者(全員ではない)の劣化が著しい理由は、「知識の木」の果実(マニュアル基本主義)を腹いっぱい喰らいつづけ、内臓に貯め込んでしまった為、当然の結果として思考停止に陥り、最終段階として、知恵を否定して「命の木」から遠ざかり、日本の教会を壊死に追い込んでいることだ。

     

     

    「そして、イエスは次のたとえを話された。『ある人がぶどう園にいちじくの木を植えておき、実を探しに来たが見つからなかった。

     

    そこで、園丁に言った。‶もう三年もの間、このいちじくの木に実を探しに来ているのに、見つけたためしがない。だから切り倒せ。なぜ、土地をふさがせておくのか。

     

    ” 園丁は答えた。‶御主人様、今年もこのままにしておいてください。木の周りを掘って、肥やしをやってみます。そうすれば、来年は実がなるかもしれません。

     

    もしそれでもだめなら、切り倒してください。”」(『新約聖書』「ルカによる福音書」第13章6〜9節)

     

     

    今、日本の末日聖徒イエス・キリスト教会を管理する地域会長(アメリカ人)はこの状態にあると思われる。

     

    が、肝心の「老害集団」といえば、自分たちが長年築き上げた特権と権威の「王国」を手放す気は全くなく、イエス・キリストと預言者の遣いを舐めてかかっている。

     

    そして互いに「我がシオンは何事もなく全てよし」と言い合い、「村社会」の同調者らと一緒に互いを褒(ほ)めあい、教会歴の長さを「権威」に、召しの大きさを「名声」に、互いを支えながら、自分達特権階級(名誉会員・有力者・名士・高級顧問・相談役)の「同調圧力」が、日本の末日聖徒の教会維持に不可欠と本気で思い込んでいる。

     

    勿論、老害達が維持する教会とは、互いの権威を保持しつづけるサンヘドリンのことだ。

     

     

    「翌日、一行がベタニアを出るとき、イエスは空腹を覚えられた。

     

    そこで、葉の茂ったいちじくの木を遠くから見て、実がなってはいないかと近寄られたが、葉のほかは何もなかった。いちじくの季節ではなかったからである。

     

    イエスはその木に向かって、『今から後いつまでも、お前から実を食べる者がないように』と言われた。

     

    弟子たちはこれを聞いていた。」(『新約聖書』「マルコによる福音書」第11章12〜14節)

     

     

    これは謎が多い聖句だが、知恵を用いれば一目瞭然である。

     

    人の尺度と神の尺度は違う。いつまでたっても実を付けない木は、この世の季節(常識)と関係なく、突然、神の判断が下り、永久に絶たれるという意味である。

     

    官僚主義者の「老害集団」は、末日聖徒イエス・キリスト教会の組織の基本である「手引き」「マニュアル」だけを守ることで、失敗のない(外への応用を禁じているので成功もない)人生を神の前に差し出すことを目標とするが、果たしてどうなるか……

     

     

    「ところで、一タラントン預かった者も進み出て言った。『御主人様、あなたは蒔かない所から刈り取り、散らさない所からかき集められる厳しい方だと知っていましたので、恐ろしくなり、出かけて行って、あなたのタラントンを地の中に隠しておきました。御覧ください。これがあなたのお金です。』

     

    主人は答えた。『怠け者の悪い僕だ。わたしが蒔かない所から刈り取り、散らさない所からかき集めることを知っていたのか。

     

    それなら、わたしの金を銀行に入れておくべきであった。そうしておけば、帰って来たとき、利息付きで返してもらえたのに。

     

    さあ、そのタラントンをこの男から取り上げて、十タラントン持っている者に与えよ。

     

    だれでも持っている人は更に与えられて豊かになるが、持っていない人は持っているものまでも取り上げられる。

     

    この役に立たない僕を外の暗闇に追い出せ。そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。』」(『新約聖書』「マタイによる福音書」 第25章24〜30節)

     

     

     

    基本である「手引き」「マニュアル」に閉じ籠り、基本を外に応用しなかった老害達(官僚主義者)は、「日の栄光」から追い出されるだろう。

     

    彼らが末日聖徒の教会内で積み重ねた祝福(神殿活動・教会活動・救済活動・什分の一・等々)も、全て知恵に至った正しい人たちに渡り、その妻や子も知恵に至った他の正しい人に分けられる。

     

    そんなことはないと叫ぶなら、監督職が日の栄光に入れる聖句が何処にある?  ステーク会長が三段階ある日の栄光の最高位に入れるという聖句は何処だ?  地域七十人なら大丈夫と一体何処に書いてある?  神殿に数百回行けば日の栄光を保証する念書があれば出してみるがいい?

     

    イエス・キリストの時代でも、律法学者や大祭司のサンヘドリンは、「シナゴーグ(ユダヤ教会堂)」へ赴き、「ヘロデ神殿」に赴き、「旧約聖書(特にモーセの五書)」を朗読し、「燔祭」を捧げ、神殿に多額の「寄付」をしたが、それで彼らが日の栄光に入る保障になったのか?

     

    「老害」と手を組む多くの若い老害患者達も同罪で、何の改善策も打たずに「私は被害者です!!」の言い訳は通らないだろう。

     

    なぜなら、老害と一緒になって「老害システム」を支え、自ら官僚主義を教会内で率先して推し進めているからだ。

     

    「被害者が加害者」という救い難い構図が、今の日本の末日聖徒イエス・キリスト教会の実態である!

     

    これだけ警告の聖句がある以上申し開きなど絶対に出来ないが、そうであっても、たとえ小さな一つでもかまわない、老害が権力維持を目的に次々と作り上げた「ローカルルール」ではなく、預言者の指導に沿った「ワールドルール(グローバルルール)」に、日本の教会をほんの少しでも戻すことを行った者は、神の光を得ることが出来るはずだと信じている。

     

    最も手っ取り早いのは、ソルトレイクが指導する「禁じられたこと以外は自由にやってよい」の基本に戻ればいいだけで、そうすれば全ての面でイエス・キリストの教えと一致し、肥大化した「既得権益」「許認可権」は無くなり、「監視」から本来の「管理」へ戻り、「老害システム」も消え失せる。

     

    そうでないと、多くの日本人の老害達と一緒に、「協力者」「同調者」「盲従者」は日の栄光から吐き出されるだろう。

     

     

     

    「日本の(教会の)老害圧力」サイト↓

     

     

     


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